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プリズマ   

 

 

 空調が壊れているのかと思うほどの熱気が、舞台袖に流れてくる。 

 ざわめくお客様、ミーツェにとっては〝ご主人さま〟たちの声は、聞くだけでわかるほど興奮していた。

「どうしよう、歩夢くん! 僕、キンチョーしてきちゃったよ」

 公演開始五分前、せわしなく行ったり来たりを繰り返している桃生史人くんに、ミーツェのリーダー松風歩夢くんは、いつもどおりの涼しい顔で笑う。

「緊張するって、史人はよく言うね。かわいこぶっても、だめだよ。やる気満々ってのがでまくってる。早く出たくて、うずうずしてるでしょ?」

「メジャーデビュー後初のライブだよ! いつもと一緒の気持ちじゃ面白くないと思ってキンチョーしてたのにぃ。つきあってくれてもいいじゃん。あ、テレビの取材きてるんだよね? マネージャーさん、僕のセット崩れてない?」 

 ぴょんぴょんと跳ねるように私の前に来てポーズをとる史人くんに、私はばっちりと親指を立ててみせる。

「見た目も大事ですけど、ステージに立つ前から騒いで――本番で声を嗄らすなんてやめてくださいね」

「誰に言ってるのさ! ダイジョーブ、ダイジョーブ! いつも準備万端だよ。有希くんこそどう?」

 きらっと星を飛ばす史人くんに形のいい眉毛を不機嫌そうにひそめたのは、藤ケ辻有希くん。モデル顔負けのイケメンだけど紡ぐ声は高くて不思議な雰囲気がある子だ。

「問題があるわけないでしょう? いつも、最高のステージにすると心がけていますからね」

「ほらほら、出る前から喧嘩してんじゃねーよ」

 つん、と顔を逸らす有希君の背中を強く叩いたのは、若竹叶多くんだ。 メンバーの中では一番男の子らしい容姿と体格をしている。彼のダンスはミーツェのウリのひとつでもある。

「喧嘩なんて、人聞きの悪くなるような発言は慎んでください。叶多こそ、どうなんですか? 体、暖めておいてくださいよ、ステージで足が痙るなんてわらえません」

「心配ご無用! オレの心も体も〝ご主人さま〟を楽しませるためならいついかなる時も、あつく燃えてんだ」 

 やれやれ、と肩をすくめる有希。 みんな、なんだかんだ言っても緊張しているようだ。……そして、いままでやってきたどのライブよりも良くしようと気合が入っている。

「みんな、いつも通りやるの。ここまでよく、頑張ってくれたわ」 

 楽しかったことも、辛かったことも。いま振り返れば、すべてが思い出だ。 今日のステージの先に待っている新しい道は、眩しいほど輝いているように見えて……気づけば、私は泣いていた。慌てて顔を覆うけど、涙腺はどんどん緩んでいく。

「マネージャーさん、いっつも泣いてばかりだよね。指で擦ったら、お化粧が崩れちゃうよ。これ、つかって」 

 ふわっと香ってくる、フレグランス。振り返れば、幹宏くんがふわっふわのライブタオルを差し出してくれた。 桜庭幹宏のイメージカラーである、蛍光ピンクでプリントされた【Mieze】のロゴ。私はたまらなくなって、飛び込むようにしてタオルに埋もれた。どうしよう、涙が止まらない。

「ねえ、マネージャさん」

「なあに? 幹宏くん」 

 涙で湿ったタオルを首に掛けて、準備に入る五人を見上げる。

「涙はまだ、とっておいてよ。メジャーデビューは目標の一つ、入りぐちにすぎないんだ。僕たちはもっともっと大きいステージに、〝ご主人さま〟やスタッフさん、そしてマネージャさんを連れて行くつもりだから」 

 力強く笑って、幹宏くんはメンバーと一緒にステージへと飛び込んで行く。 

 強まる歓声に、ぞくっと背中に震えが走る。

 扉が開いた。 

 前奏が流れる頃にはもう、私の涙は乾いていた。

 

 

『聞いてください、僕たちミーツェのデビュー曲』

 

『プリズマ!』

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