『9月8日を目前にして』
「ライブ前に、親睦もかねてパーティーをしようよ! 有希くんの誕生日だし、良いと思うんだ」
打ち合わせ後のファミレスで、声をあげたのは史人くんだった。
「良いと思うよね、マネージャーさん」
ナイスアイディア。私は親指をあげた。
ミーツェは新規新鋭、売り出し中のアイドルユニットだ。
ラジオでデビュー曲が流れても、地上波テレビでの露出はまだ先なので、レコーディングスタジオ近くのファミレスで休憩していても騒ぎにはならない。
いや、史人くんの小さな体からは想像つかない大きくよくとおる声に何事かと視線は集まっているが。
「だめだよ史人、騒いだら周りのお客さんに迷惑だよ。ポテトでも食べていて」
ソファの上に立ち上がりそうな勢いの史人くんを引っ張って、歩夢くんが少し冷えたポテトフライの皿を引っ張った。
「ここは、ライブじゃないんだぜ」
メガネをかけ直し、手帳をのぞきこんでいた叶多くんが「お子様だなぁ」とけらけら笑った。
史人くんは小さいが、歩夢くんと同い年でミーツェ最年長だ。
「とにかく、有希くんの誕生日パーティーをしようよ。ボクのもしてくれたしね」
「良いと思うな。賑やかなの大好きだよ」
史人くんと一緒になって頷くのは、ミーツェ最年少、高校生モデルの幹宏くんだ。
「有希くんは、どうかしら?」
じっと黙って紅茶を啜っていた有希くんは「いいですよ」と頷いた。
つんとした佇まいは、血統書付の猫のようで、ファミレスの緩い雰囲気には少しばかり浮いていた。
「パーティーをするなら、オレに任せてくれませんか? 良いお店を知っているので、手配します」
「有希のオススメかぁ〜。考えただけで、お腹がすいてきちゃう」
言葉だけでなく、幹宏くんがきゅるるとお腹を鳴らした。
「おいおい、幹宏。さっき、チーズケーキ食べたばっかりだろ。さっすが高校生だなぁ」
鞄に手帳を放り込んだ叶多くんが、残っていたサンドイッチを幹宏くんにさしだした。
「名目は有希くんの誕生日だし、お店の手配は僕がするよ?」
「いえ、オレがしますよ。店長と顔なじみですし、それにサプライズってのがちょっと苦手で」
有希くんはティーポットから二杯目の紅茶を注ぎ、砂糖をいれてかき混ぜる。 ふわりと、ファミレスにしては良い紅茶の匂いが広がった。
「俺はなんでもいいぜ。美味い料理と酒があって、楽しくやれたらな」
にっとわらう叶多くんに「ほどほどに」と釘をさす。ライブは今週末だ。
「そうだね。じゃあ、お願いするよ有希くん」
「任せてください。素敵な前夜祭にしますよ」
◇◆◇◆
ライブの熱も最高潮になった。
MC明け、一曲目。
リハ通りにセンター位置へと立った有希くんが、呆然と立ちすくんだ。
煌々と輝くスポットライト。
降ってくる曲は、軽快な調子のハッピーバースディ。
サプライズにぱちぱちとまばたきする有希くんをオーディエンスの大合唱が包む。
『ハッピーバースディ、有希!』
決めていた合図に、大きなケーキをのせた台車がステージに現れた。
「もう、これだからオレは嫌だって言ったのに」
迷惑だと言っているようで、メンバーを見つめる有希くんの目がキラキラ光っていた。
「……りがとう」
くるっとメンバーに背を向けて、有希くんはステージの前に出た。
「みんな、ありがとう!」
合唱の渦の中、ろうそくの炎まで歌うように揺れていた。